大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3086号 判決 1996年12月25日
原告
株式会社プラント
右代表者代表取締役
吉田和正
右訴訟代理人弁護士
山田俊介
同
清田冨士夫
同
橋本賴裕
同
菊井康夫
同
松尾敬一
右訴訟代理人山田俊介訴訟復代理人弁護士
近藤輝生
被告
日本生命保険相互会社
右代表者代表取締役
井上收
被告
大同生命保険相互会社
右代表者代表取締役
近藤祐三
被告
千代田生命保険相互会社
右代表者代表取締役
神崎安太郎
被告
朝日生命保険相互会社
右代表者代表取締役
高島隆平
右四名訴訟代理人弁護士
柏木義憲
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
原告に対し、被告日本生命保険相互会社は金一億円、同大同生命保険相互会社は金五〇〇〇万円、同千代田生命保険相互会社は金一億五〇〇〇万円、同朝日生命保険相互会社は金五〇〇〇万円及びいずれもこれに対する平成四年一二月一日(保険請求以後の日)から支払済みまで年六分の割合による各金員を支払え。
二 予備的請求
原告に対し、被告日本生命保険相互会社は金八一二万一〇〇〇円、同大同生命保険相互会社は金五六二万三一〇〇円、同千代田生命保険相互会社は金一八七〇万〇八〇〇円、同朝日生命保険相互会社は金六九三万一二六〇円及びいずれもこれに対する平成四年一二月一日(保険請求以後の日)から支払済みまで年六分の割合による各金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告である保険会社各社に対し、主位的に、亡M((以下「M」という。)を被保険者、裳美会今井勤株式会社(以下「裳美会」という。)を受取人とする各保険契約に基づく保険金請求債権を、裳美会から譲り受けたとして保険金の支払を請求し、予備的に、Mを被保険者、裳美会及び株式会社豊友(以下「豊友」という。)を契約者とする各保険契約が無効であった場合、これに基づく既払保険料の返還請求権を、裳美会及び豊友から譲り受けたとして既払保険料の返還を求める事案である。
一 争いのない事実
1 裳美会は、呉服の製造・販売を業とする株式会社であり、Iが、死亡した平成五年四月二六日まで、その代表取締役の地位にあった。株式会社裳美会今井勤商店(以下「今井勤商店」という。)、裳美会株式会社、裳美会株式会社亀戸店、裳美会株式会社鶴見店は、当時、いずれもI及びその父親である今井金治(以下「今井金治」という。)が代表取締役を勤める会社であり、豊友は、今井勤株式会社とその本店所在地を同じくし、Iの義弟である小川浩二(以下「小川」という。)が、その代表取締役を勤める不動産管理を業とする株式会社であって、これらは、いわゆる裳美会グループを形成している。
今井勤商店は、昭和八年に今井金治が京呉服卸業として創業した今井商店を前身として設立され、Iが、常設展示会方式による販売で急速に業績を伸ばしたことから、裳美会グループの各会社が、その関連グループ企業として設立された。その会社役員は、I、今井金治及び小川のほか、Iの妻である今井時子、小川の妻である小川泰子など、Iの親族を中心に構成されていた。
2 Mは、大正六年二月一八日生まれで、従前、裳美会グループから商品を仕入れて、これを小売していた者であり、平成二年一〇月二九日裳美会の取締役に、同年一二月一日豊友の取締役にそれぞれ就任し、平成四年一〇月三日に死亡するまで、その地位にあったが、裳美会グループの経営には全く参加していなかった。Mの四男であるNは、Mの仕事の手伝いをしていたが、母親の死亡後の同年一五日付で裳美会及び豊友の取締役に就任した。
3 裳美会は、別紙一のとおり、Mを被保険者、裳美会を受取人として、被告日本生命保険相互会社(以下「被告日本生命」という。)との間で別紙一の一の生命保険契約を、被告大同生命保険相互会社(以下「被告大同生命」という。)との間で別紙一の二の生命保険契約を、被告千代田生命保険相互会社(以下「被告千代田生命」という。)との間で別紙一の三及び四の生命保険契約を、被告朝日生命保険相互会社(以下「被告朝日生命」という。)との間で別紙一の五の生命保険契約を、それぞれ締結し、豊友は、Mを被保険者、豊友を受取人として、被告大同生命との間で別紙一の六の生命保険契約を締結した(別紙一記載の一ないし五の生命保険契約をそれぞれ以下「第一契約」のように呼称し、これをあわせて、以下「本件各契約」という。)。
なお、Mを被保険者とする生命保険契約は、別紙二のとおり、本件各契約を含めて三〇件(死亡保険金額合計一六億二七五七万円)あり、右のうち裳美会グループの会社ないしIを受取人とする契約は二〇件(死亡保険金合計一一億二五五七万円、保険料負担は毎月四一三万〇四六〇円で一時払は一億六三三〇万二〇〇〇円)、Nを受取人とする契約は一〇件(死亡保険金額は五億〇二〇〇万円、保険料負担毎月二四九万九〇一〇円)であるが、これらの契約は、二件を除いて、いずれも平成二年七月から同三年一〇月にかけて締結されたものである(以下、平成二年七月から同三年一〇月までに締結された保険契約をあわせて「本件一連の保険契約」という。)。
4 筒井幾子(以下「筒井」という。)は、昭和一二年五月二八日生まれで、従前は裳美会グループの顧客であり、平成三年四月三〇日豊友の取締役に、同年九月一〇日裳美会の取締役にそれぞれ就任したが、会社の経営に全く参加したことはなく、同四年九月二三日いずれも解任され、同月二九日に解任の登記がなされている。
筒井を被保険者とする契約は、別紙三のとおり三九件(死亡保険金額合計三八億六二四三万円)あり、右のうち裳美会グループの会社ないしIを契約者とする保険は二四件(死亡保険金額合計二四億四六四三万円、保険料負担が毎月二〇〇万八六七五円でその他に年間二九九万七四九六円)であったが、別紙三記載の各契約のうち一四件については、平成四年一〇月から同一二月にかけて解約された。
5 Mは、平成四年一〇月三日、熱海にある裳美会グループの保養所であるマンションの一室で、死体となって発見され、静岡県警察により、ガス自殺と判断された。右死亡は、別紙二記載の最後の生命保険契約である平成三年一〇月一日付契約の自殺免責期間の経過直後に発生している。
6 裳美会は、平成五年一月三〇日、第一契約の保険金一億円のうち五〇〇〇万円、第二契約の保険金全額(五〇〇〇万円)、第三契約の保険金一億円のうち五〇〇〇万円、第四、第五契約の保険金の全額(各五〇〇〇万円)を、それぞれ原告に譲渡したとして、各被告に対し、内容証明郵便をもって右各債権譲渡を通知し、右通知はいずれも同年二月一日に各被告に到達した。
さらに、裳美会は、同年三月一一日、第一、第三契約の保険金各一億円のうち各五〇〇〇万円(前項で譲渡した債権の残額)を、原告に譲渡したとして、被告日本生命及び同千代田生命に対し、内容証明郵便をもって、右各債権譲渡を通知し、右通知はいずれも、同月一二日に右各被告に到達した。
7 裳美会及び豊友は、本件各契約に基づき、別紙一のとおり保険料を各被告に支払っていたところ、平成五年二月二七日、原告に右各保険料返還請求債権を譲渡したとして、各被告に対し、内容証明郵便をもって、右各債権譲渡を通知し、右通知はいずれも同年三月一日に、各被告に到達した。
8 裳美会グループの中核会社は今井勤商店であるところ、今井勤商店は、約三〇億円の負債を抱えるに至り、平成五年三月一七日、得意先債権者に対する事情説明会を開催して、再建についての協力要請を行ったが、その後、各金融機関からの厳しい取立てのほか、I個人の膨大な借入が発覚したとして、会社再建を断念し、同年四月中旬ころ、事実上倒産した。
二 争点
1 本件各契約は、公序良俗ないし信義則に反し無効であるか否か。
2 本件各契約が、保険約款所定の詐欺無効となるか否か。
3 本件各契約が、危険著増により失効するか否か。
4 本件各契約について、信頼関係の破壊による解除ができるか否か。
5 本件各契約が無効となる場合に、既払保険料の返還請求権が発生するか否か。
6 被告各保険会社が、本件各契約に基づく保険金の支払を拒否することが、禁反言ないしクリーンハンドの原則に反するか否か。
三 被告の主張
1 公序良俗ないし信義則違反(抗弁)
生命保険契約は、その性質上、全く偶然の出来事により給付義務の成否が決定される射倖契約であるから、当事者が何らかの方法でその偶然性を左右することができるとすれば、わずかなコストで莫大な利益を手にすることが可能となり、保険金目当ての「モラルリスク」事件が叢生してくるという宿命を負っていることから、生命保険契約の当事者に対しては、通常の契約におけるよりも、より一層高度の信義誠実性と善意性が要求されなければならない。そこで、保険金受取人、保険契約者、被保険者が故意に被保険者の死亡を招致したとまではいえなくても、保険契約の当事者が、いつ、人為的な保険事故が発生してもおかしくないと、何人でも考えるような誘惑的な環境を作り出し、または、作り出すことに関与したと認められるときには、保険金請求権を行使することは信義誠実の原則に反し、権利の濫用となり、あるいは、保険契約の本質たる善意契約性を破壊し、公序良俗違反に違反するものとして、無効であるというべきである。
2 詐欺無効(抗弁)
本件各契約に適用される保険約款には、いずれも、保険契約者または被保険者の詐欺により保険契約の申込みの承諾ないし契約の締結が行われた場合は契約を無効とし、既に払い込んだ保険料は返還しない旨の約定があるところ、本件各契約締結当時、Iは、Mが自殺する意思を有しており、従って、Mを被保険者とする保険に加入すれば、近々確実に死亡保険金が入手できることを知りながら、Mと相諮って、平成二年六月ころから同三年八月ころにかけて、その旨を秘した上で、被告らに対し、順次、本件各契約に申し込み、被告らをして右各契約とその申込みはまったく健康な普通の人間を被保険者とするものであり、最初から死ぬつもりで加入申込みをしているものではないと誤信させて、本件各契約を締結させたものであるから、本件各契約は、右約定により無効である。
3 危険著増による契約失効(抗弁)
商法六五六条には、保険期間中危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべき事由により、著しく変更又は増加したときは、保険契約はその効力を失う旨定められており、右条項は生命保険契約に準用されているところ、本件において、Mは遅くとも同人の死亡の直前の段階においては、Iの誘いに応じ、あるいは自ら進んで合理的理由もなしに、巨額の保険に集中加入し、死亡現場である熱海の咲見町のマンションに赴いた段階で本件各契約の危険を著増させたということができ、この危険著増について、同人には責に帰すべき事由があるから、遅くともMの死亡の直前の段階で危険著増により、本件各契約は失効した。
4 信頼関係破壊による解除(抗弁)
保険契約は、その性質上、公正ないし公益維持の原則と信義誠実の原則の適用が殊に要請されており、保険契約者が保険金の取得を意図して故意に保険事故の発生を仮装するなど、生命保険契約に基づいて信義則上要求される義務に違反し、信頼関係を裏切って、保険契約関係の継続を著しく困難ならしめるような背信行為をした場合には、保険者は生命保険契約を解除することができる。
本件において、Iの行為が右のような解除の要件を満たしていることは明らかであり、Mについても、いつ人為的な保険事故が発生してもおかしくないような誘惑的な状況を創出することに自ら積極的に関与したものであり、遅くとも、同人の死亡の直前の段階までにおいて、生命保険契約に基づいて信義則上要求される義務に違反し、信頼関係を裏切って生命保険契約の継続を著しく困難ならしめたものということができる。
被告らは、裳美会に対し、内容証明をもって、本件各契約について、解除する旨の意思表示をなし、右書面は、平成五年六月一七日に裳美会に到達した。
5 既払保険料の返還請求権の存否(予備的請求原因について)
(一) 保険契約者である裳美会の代表取締役はIであり、同人は本件無効原因の存在について悪意または重過失であったことは明かであるから、商法六八三条一項、六四三条により、原告には既払保険料の返還請求権がない。また、被保険者であるMについても、同人が本件無効原因の存在について、悪意または重過失であったことは明かであるので、同様に原告には返還請求権がない。
(二) 約款所定の詐欺無効については、被告日本生命の約款第二八条、被告大同生命の約款第一三条、被告朝日生命の約款第一三条、被告千代田生命の約款第一八条により、いずれも既に払い込まれた保険料は払い戻さないとされており、既払保険料の返還義務はない。
(三) 危険著増による契約の失効の場合は、商法六五六条のとおり、危険が著増したときから契約は効力を失う。これは事後的な契約終了原因であり、遡及効はないから、過去の経過期間については保険者は保険責任を履行し終わったのであり、その対価たる既払保険料の返還義務は生じない。
四 原告の主張(再抗弁)
被告らは、本件各契約が生命保険としての相当性を超えたものであることを充分知悉しながら、本件各契約を締結したのであり、それを理由として、原告の請求を拒むのは、禁反言ないしクリーンハンドの原則に反する。
原告は、本件各契約の当事者でなく、本件各契約の有効性を信じて、これに基づく債権を譲り受けたものであり、仮に、本件各契約が公序良俗に反し、無効なものであったとしても、そのことを充分知悉しながら敢えて契約を締結した被告らが、原告に対して、公序良俗違反による無効を主張することは、信義則上制限される。
第三 判断
一 本件契約締結前後の状況等
1(一) Iは、平成元年ころより、個人事業として不動産投資事業を始めることを計画し、平成元年三月一日、当時豊友の取締役であった秋本哲男(以下「秋本」という。)、その妻である秋本信子及びIの妻である今井時子との間で、Iの選定した不動産を秋本名義で購入・登記すること、不動産の購入資金は、原則として銀行借入資金をもってこれに充当し、秋本を借受人、Iを連帯保証人とすること、右分割返済金の支払及び取得手続公課に要する費用はすべてIが負担し、収益の分配もIが決定すること等を内容とする契約を締結した上、平成元年四月から約半年の間に、秋本名義で銀行から総額約六億〇六〇〇万円の借入を受け、別紙四(秋本哲男名義物件目録)記載の1ないし12の各物件を購入した。別紙四の13の物件は秋本の居宅及びその敷地であり、Iの事業の一環として、他の物件と一緒に融資を受けているところ、秋本は、右事業に名義を貸すことの見返りと理解していた。
(乙一〇四、一二〇ないし一二七、一二九、一三〇、一三六、一四八、一五八)。
(二) なお、右各物件のうち別紙四の7、8、12の物件については、それぞれ真正の買主はMであり、秋本が名義を貸した旨のMと秋本の契約書(乙九九ないし一〇一)が存在し、また、M死亡当時、裳美会の支配人であったT(以下「T」という。)作成にかかる「M自殺死亡てん末聴取書」(乙九一)に添付された別表(M購入不動産)に掲載されているが、右契約書は、作成年月日が平成元年四月ないし七月であるのに、平成二年七月以降に開始された集中加入的契約締結のころである同年六月ないし同三年一月に至って確定日付がとられているなど不自然な点があること、別紙四の7、8、12の各不動産は、Iが秋本哲男名義で購入したと認められる別紙四記載の他の不動産とともに、Iを抵当権者とする抵当権の共同担保とされていること(乙九三ないし九五、一二〇ないし一二七)、Tの報告書(「被保険者M、保険契約者、保険金受取人を裳美会とする保険契約締結の経過について」と題する書面、乙九二)によれば、Mが右各不動産を購入する動機として、Nに遺産として残すためであり、裳美会グループが資金援助したと説明されているにもかかわらず、Nは、別紙四の7、8、12の右不動産の所在すら知らず(乙一四八、証人増田)、また、裳美会グループがMに対して保険料の立替金債権を有すると帳簿に記載されているのに対し、右不動産取得に伴う貸金は全く記帳されていないこと(乙九〇の1ないし5)等の事実を総合すると、右各契約書及びT作成の右各書面の記載はいずれも採用することができず、かえって、右各物件についても、前記(一)の事情に照らして、Iが実質的な買主であったと認めるのが自然である。
(三) また、Iは、後記4のとおり、平成三年三月から一二月にかけて、筒井名義でも、八件の不動産を購入し、その購入資金として総額約四億六〇〇〇万円の借入を受けていることが認められる(乙一〇七ないし一一五、一四人)。
2 今井勤商店は、年商二〇億円程度の中堅企業であり、平成元年ころまでは、その経営は比較的順調であったにもかかわらず、平成五年四月中旬、約三〇億円の負債を抱えて事実上の倒産に至っているところ(乙八六ないし八九)、平成四年一月から二月にかけて、本店社屋に約一〇億五〇〇〇万円(内個人債務は前記1とは別個の四億円)を極度額とする根抵当権が設定されていること(乙二八の2、弁論の全趣旨)、Iは、同年一〇月二八日、従前から裳美会の取引先であった原告から、七〇〇〇万円の融資を受け、さらに、同年一一月三〇日に九〇〇〇万円、同年一二月二四日に四〇〇〇万円の融資を受けており、これらの金員は、Mの保険金収入により返済される予定であったこと(甲二三ないし二六)、平成五年二月ころより、Iが秋本名義で購入した複数の不動産についての借入金債務の支払ないし固定資産税の支払が滞ったこと(乙一〇五、一五八ないし一六〇)、平成五年四月七日、今井勤商店の倒産に当たり、従業員が、債権者に対して送付した詫び状には、I個人の膨大な借入が発覚した旨が記載されていること、裳美会グループの経理部長であった秋元康四郎(以下「秋元」という。)は、裳美会が倒産した主たる原因として、呉服販売業の業績低迷に加え、Iが個人的に資産運用していた不動産投資に対する支出が過大となったため、裳美会の営業資金を流用するようになり、さらに、裳美会の法人契約とは別に関連会社名義による保険契約及び第三者名義による不動産ローンなどIの個人運用による支出のため会社名義の約束手形をIが勝手に振り出すなどして、一時凌ぎをしていたことから、裳美会の資金繰りを圧迫し、財政が逼迫したと指摘していること(乙一四八)等の事情を総合すると、Iは、不動産購入のための巨額の個人借入金の返済等のため、毎月多額の返済資金の金策に追われ、これに会社資金を恒常的に流用するようになって、ついに、裳美会グループともども破綻するに至ったことが認められる。
3 Mは、従前より呉服類の販売を業としていたところ、昭和四四年に裳美会と呉服等の継続的販売契約を締結し、以来、裳美会から商品を仕入れてこれを転売して、歩合給を得ていたが、同四九年ころ、Nが、前職である警察官を退職し、Mの呉服販売業を手伝うようになった(乙九二、一四八)。
Mは、平成二年五月一五日付で、Iに対し、会社から保険に入るよう勧められても断ってきたが、今回は預金のつもりで少し大きく保険に加入したい旨の手紙を送り、また、同年六月一日には、Nと連名で、高齢で普通の生命保険に加入できないため役員保険に加入したいこと、保険料は毎月期日までに現金を持参することを内容とする念書を差し入れており、右念書には、今井勤商店、裳美会及び裳美会株式会社亀戸店の記名印及び代表者印、同月二七日付の公証人の認証印が押印されている(乙五三の1、2、五四、九二、一四八)。その後、同年七月一日から八月にかけて、Mを被保険者、裳美会グループ中の右三社ないしIを保険契約者兼受取人とする八件の生命保険契約(保険金総額六億七〇〇〇万円)及びNを受取人とする六件の生命保険契約(保険金総額一億九一二七万円)がそれぞれ締結された(争いがない。)。
Mは、平成三年五月一四日付で、Iに対し、自分がお願いしてマンションを買ったので、その分に対してと、老後の保証又息子Nにマンションの債務は残したくないので、生命保険に加入したい旨の手紙を出しているほか(乙五五の1、2)、同月二八日付で、Mの年齢から生命保険に加入するのは最後の機会であり、多く加入しておきたいこと、毎月の保険料の支払の負担が重くても、三年から五年支払を続ければ、事後払込みを中止しても一定の割合で終身保障があること、月払の保険料を延滞しないように会社名義で保険に加入したいこと、保険料が支払えなくなった場合には、I及びTにおいて、不動産を処分してもかまわないこと、Mの死後、Nには、右不動産のローンの支払は困難であり、ローンの残金分について、保険に加入したいこと等を内容とする上申書を提出しており、右上申書には、同年八月一日付けで公証人の認証印が押印されている(乙五六)。そして、同年八月一日から一〇月一日にかけて、Mを被保険者、裳美会グループの会社ないしNを保険金受取人とする一四件の生命保険契約(保険金総額七億五〇〇〇万円)が締結された(争いがない)。
4 筒井は、自動車部品製造を業とする株式会社三恵製作所(以下「三恵製作所」という。)の代表取締役であるところ、筒井の母親が裳美会の顧客であったことから、従前よりIと面識があり、昭和五九年ころ、Iは、三恵製作所の監査役に就任し、その経理面及び資金繰り等に関与するようになったが、平成三年九月ころまでに、筒井は、Iに対して多額の債務を負担するに至っており、三恵製作所の工場兼居宅建物の所有名義は、筒井から裳美会に変更された(乙一四八)。
Iは、平成二年六月ころより、筒井に対し、生命保険に加入するよう勧誘し始め、筒井は、Iに対する債務を担保するため、平成二年八月一日ころ、I、今井勤商店、裳美会及び裳美会株式会社との間で、筒井は保険に個人加入できないので、筒井を被保険者、今井勤商店など三社を保険契約者とする保険契約を締結すること、右三社は名義上契約者になっているが、真正の保険契約者はIであり、Iが保険料を負担し保険金受取人もまたIであることを確認すること等を内容とする契約を締結した(乙一一六、一四八)。そして、同年八月から九月にかけて、筒井を被保険者とし、裳美会ないし今井勤商店を契約者兼受取人とする計四件の生命保険契約(保険金総額二億九〇〇〇万円)が、同三年三月から一二月にかけて計一五件(保険金総額約一九億五〇〇〇万円)の生命保険契約が締結されたほか、豊友及びIを契約者兼受取人とする生命保険契約(保険金総額約一億九八六六万円)がそれぞれ締結された(争いがない。)。
また、筒井は、同三年二月一七日付で、Iに対し、筒井に異変が起きた場合は、筒井の経営する三恵製作所の健全な経営のため、金融機関を含め、相続に関しての一切の権限をIに一任する旨の証と題する書面(乙一一七)を差し入れており(右書面には同月一九日付の公証人の認証印が押印されている。)、その後、筒井名義で、平成三年三月に一物件、一〇月から一二月にかけて七物件の不動産が購入され、いずれも、平成四年一月二四日受付で、筒井を債務者とする四億円の貸金債権を被担保債権とし、Iを抵当権者とする共同抵当権が設定されているほか、右各不動産の購入資金(総額約四億六〇〇〇万円)を銀行から借り入れるに当たり、すべての借入につき、筒井を被保険者として、団体信用生命保険契約が締結されている(乙七七ないし八四、一〇七ないし一一五、一四八)。
二 本件各契約の付保状況等について
1 第一、第二、第五契約は、従前裳美会関係の保険契約を担当していた各被告会社の従業員に対し、Iないし秋元が電話で、Mを生命保険に加入させたい旨依頼したことを契機として契約締結に至ったものであり、第三、第四契約については、被告千代田生命従業員の信達谷義輝(以下「信達谷」という。)が、節税対策ないし幹部職員の弔慰金制度として事業保険への加入を勧誘したところ、Iから、Mを加入させたいとの申し出があり、契約締結に至ったものである(乙一四〇ないし一四五、一五〇ないし一五二、証人河村シズ、証人竹内あい、証人信達谷)。また、第一契約については、平成二年七月ころ、被告日本生命の担当社員である河村シズ(以下「河村」という。)が、Mの高齢を理由にいったんその保険加入を断っているにも拘わらず、Iは河村に対し、Mの年齢でも生命保険の加入は可能である旨を告げて、契約締結に至っており、これらの事実を総合すると、本件各契約は、いずれも、Iないしその命を受けた秋元が積極的、かつ、自発的に締結したことが認められる。
そして、被告大同生命の従業員元木順一(以下「元木」という。)は、第二契約の締結にあたり、Iより、安い掛け金で保障の大きいものを希望され、三年定期保険を勧めたところ、Iが、保険金額等の契約内容を決定したこと(乙三六の2の1、一四一)、第五契約の締結にあたり、被告朝日生命の従業員小林正寛(以下「小林」という。)は、秋元より、営業の幹部職員を生命保険に加入させたいが、良い保険はないかとの相談を受けたため、小林が、事業保険をいくつか紹介したところ、秋元は集団扱普通定期保険を選択し、保険金額は、標準的な役員保険並みの五〇〇〇万円でとの申し出があったこと(乙三六の5の1、一四四)、第一契約の締結にあたり、河村は、Iより、Mを保険金一億円の単体終身保険に加入させたい旨希望されたこと(乙三六の1の1、一四〇、一五〇)、第三、四契約の契約締結についても、保険契約者、保険金額等については、Iが決定していたこと(乙三六の3の1、一四二、一五一、証人信達谷)等の事実を総合すると、本件各契約はいずれも、Iないし秋元が、主体的にその契約内容を決定していたことが認められる。
2 Mが、本件各契約に加入する動機について、Iは、信達谷に対し、Mが不動産を買っており、そのローンを返済するため及びMの老後に備えるためであり、法人契約についても専らM個人の都合で加入するものである旨説明しており(乙一五一、証人信達谷)、本件各契約に先立ち、MからIに提出された上申書及び手紙(乙五五の2、五六)には、これに沿う記載がある。
しかしながら、Mが購入したとされる別紙五の不動産のうち1ないし3の物件について、Iが秋本名義で購入したものであることは、前記一1で認定したとおりであり、別紙五の4の物件は、Iの名義になっていて(乙九六)、MとIとの間で、真正の買主はMである旨の契約書(乙一〇二の2)が交わされているものの、右契約書の内容の真実性については疑いがあり、Nがその所在を把握しておらず、裳美会グループの経理処理に不審な点があるなどのいくつかの疑問点があることは、1ないし3の物件と同様であり、前記一1(一)の認定に照らし、右物件についてもIが真正の買主であったと認められる。また、別紙五の6の物件については、M及びNの居宅であり、従前N名義で登記されていたが、裳美会がMに対し、五〇〇〇万円を融資したとして、昭和六一年六月一〇日、小川に所有名義が移転されているところ、同日、小川に対する保証委託契約による求償金債権を被担保債権として抵当権が設定されているほか、平成元年四月五日、Iに対する貸金債権を被担保債権として抵当権が設定されていること(乙九八、一四八)、Mの死亡後すぐ、Nは、筒井名義のマンションに転居していること(乙九一、一一五)、秋元は、右居宅の所有名義も裳美会側に移っており、Mに資産はなかったと述べていること(乙一四八)等に照らせば、右不動産の所有権は、完全に裳美会側に移っていたものと認められ、Mがローンを返済すべき法律関係が存在したかは極めて疑わしいといわざるを得ない(右債務の残存を示す経理処理もなされていない。)。したがって、Mが購入した不動産は、別紙五の5の代金三九四〇万円の物件のみであり、右不動産の購入にあたり、ローンを組んだとしても、その支払を担保するために、本件のような多額の生命保険に加入する必要性があったと認めることはできず、ローン返済のためという右加入動機は真実ではないと推認せざるを得ない。
また、本件各契約は、いずれも、死亡保障に重点をおく型の保険契約であり、特に、第二契約は、期間を三年とするいわゆる掛捨て型の定期保険であって、三年内に保険事故(Mの死亡)が発生しなければ保険金の支払を受けられない性質のものであること、本件各契約には、傷害特約や入院医療特約が付されていないこと(乙三六の1の1、2の1、3の1、4の1、5の1、四三ないし四六)等を考慮すると、本件各契約は、高齢者がその老後に備えて加入する保険としては、必ずしも適当でないといわざるを得ず、I及びTによれば保険に通暁していたとされる(乙九二、一四八)Mが、老後の保障のために本件各保険に加入したとは考えられず、裳美会側が説明するところのMが本件各保険に加入した動機は、いずれも不自然であって、採用することができない。
3 Mは、呉服等の販売により生計を立てており、平成二年六月からは、裳美会から月額五〇万円の役員報酬を得ていたところ、第三、第四、第五契約の申込書には、Mの年収が一三〇〇万円ないし一五〇〇万円であった旨の記載があるものの、右役員報酬は、全額保険料の立替金に充当されていたこと(乙九〇の1、3)、Mは、裳美会から仕入れた呉服の販売成績が振るわず、裳美会に対する買掛金債務は、平成六年三月二五日現在で一四一八万八三九九円に達していたこと(乙九〇の1、5)、Mの居宅及びその敷地は、小川の所有名義に移転し、右物件は、小川及びIを債務者とする抵当権が設定されていたこと(乙九八)等の事実を総合すると、Mは、資金繰りが苦しい状況にあったことが認められ、Mが、平成二年八月の時点で月額二七〇万三八三〇円、平成三年一〇月の時点で六六二万九四七〇円に上る月払保険料を負担する能力はなかったと認められる。
4 裳美会は、Mにかかる平成二年七月から同三年一〇月までの間に締結された本件一連の保険契約につき、平成三年一〇月時点で、月払保険料として月額約六〇〇万円、一時払保険料の借入金利息として月額約六〇万円を立替払しており(乙九〇の1、2)、帳簿上、Mに対する月額五〇万円の役員報酬と右立替金の相殺処理をした上、残金については、貸金として処理していた(乙九〇の1、3、4、一四九の1ないし3、証人増田)。
ところで、Iの事業保険の加入状況は、死亡保険金額合計一億一二九〇万円であり、Iの親族である他の役員の加入状況は、Iの死亡保険金額を下回っており、一億円に遙かに満たない加入額の者が大半であるところ(乙一三二)、右裳美会役員の付保状況に照らせば、企業の中心人物(いわゆるキーマン)としての実質を有していなかったMが、Iに対し、生命保険加入について助力を求めたとしても、これを取締役に就任させ、月額五〇万円の報酬を支払った上、毎月六〇〇万円を超える保険料を立替払する便宜を与えること自体通常あり得ないところであり、Mの裳美会に対する買掛金債務についても、一切返済方を督促していないのは極めて不自然であるといわざるを得ない(乙九〇の1、2、一三二、証人増田)。むしろ、前記一4で認定した筒井とIとの契約内容(乙一一六)に照らすと、少なくとも裳美会グループを受取人とする契約分については、裳美会グループがその計算において行っていて、支払った保険料もMに請求する意図はなかったものと推認するのが相当である。
三 Mの自殺前後の事実経過について
1 筒井は、Iから、平成三年一二月上旬以降五回にわたり、その生命保険金により筒井のIに対する債務を返済するため事故に仮装して自殺するよう教唆されていたとして、平成四年九月中旬ころ、警視庁本田警察署に保護を求め、Iの自殺教唆の状況等を記載した書面を警察に提出した(乙八五、一四八)。
平成四年九月二三日、筒井は、豊友及び裳美会の取締役をいずれも解任され、同月二九日、その旨の登記がなされており、同年一〇月から一二月にかけて、筒井を被保険者とし、裳美会グループの法人ないしIを受取人とする生命保険契約のうち一一件が解約された(乙一三二)。
2 Mが、平成四年一〇月三日、裳美会の保養所であるマンションの一室で自殺死体となって発見されたことは前記のとおりであり、静岡県警察熱海警察署は、当初、単なる自殺事件として処理したが、その後、Mが、裳美会を受取人とする多額の保険に加入していたこと、Mと同様に、裳美会を受取人とする多額の保険に加入していた筒井が、Iに自殺教唆されたとして、警視庁本田警察署に保護を求めていたこと等が発覚したため、警視庁は、自殺幇助及び詐欺未遂事件として、本格的な捜査を開始し、平成五年五月四日に、裳美会に対する強制捜査を行い、その過程で、同年四月二六日、Iが病死していることが判明し、更に、同年一一月一〇日から、事件関係者に対する一斉事情聴取を行い、同六年三月九日に、I及びNを自殺幣助及び詐欺未遂の疑いで東京地方検察庁に書類送検した(乙三七ないし四二、五六ないし五八、七〇ないし七六、一四八、証人増田)。
一方、Nは、平成五年二月、Mを被保険者とする生命保険契約に基づく保険金請求訴訟を、東京地裁及び千葉地裁松戸支部にそれぞれ提起し、同年三月に、裳美会が、同年八月に、今井勤商店が、同様の訴訟をそれぞれ東京地裁に提起したが、同年一二月に至り、N、裳美会及び今井勤商店の訴訟代理人が辞任し、右民事訴訟事件は、全て取り下げられ(乙六一ないし六八、弁論の全趣旨)、更に、Nは、平成六年二月六日、別紙二記載の生命保険契約に基づく請求権がないことを自認し、死亡保険金請求権を全て放棄した(乙六九、一四八、証人増田)。
四 公序良俗違反の有無について
1 生命保険契約は、人の死亡または一定の時期における生存の事実に対して金銭の支払を約することを内容としているところ、本質的に当事者の一方または双方の契約上の具体的な給付が偶然の事実によって決定される射倖契約の性質を有するため、当初から偶然による不労の利得そのものを専らの目的とする賭博的行為に悪用されたり、不法な動機をもってする公序良俗違反の行為を誘発するおそれがあるため、不公正を排し、信義誠実の原則を厳守することが要請されるものということができる。そこで、保険契約者ないし保険金受取人が、保険事故の発生に関与したとは認められない場合であっても、保険契約者ないし保険金受取人、被保険者の年齢、職業、身分関係、収入、生活状態その他の事情を斟酌して、保険金額が極めて巨額であり、保険料が著しく高額で、明らかに長期間にわたる保険料の支払の継続を予定しておらず、当該保険契約に加入するについて、社会通念上、何らの必要性及び合理的理由が認められず、保険契約の給付責任開始日あるいは自殺免責期間の経過と保険事故の発生日時に有意的な相関関係が認められるような場合において、保険契約者ないし保険金受取人が、当該保険契約の締結により、人為的な保険事故を誘発せしめるような著しく誘惑的な環境が作出されることを認識しながら、当該保険契約を締結し、その結果として人為的な保険事故が招来されたと認められるときには、生命保険契約における保険事故の偶然の事実への依存関係を破壊し、かつ、不労利得を得る目的をもって、当該保険契約を締結したものとして、当該保険各契約は公序良俗に反し、無効と解すべきである。
2 そこで本件を検討するに、別紙二記載の本件一連の生命保険契約は、平成二年七、八月及び平成三年八月ころ、自発的かつ短期集中的に加入されており、右保険契約はいずれも死亡保障に重点をおく型の保険契約であるところ、裳美会の規模、Mの裳美会における地位、Mの裳美会に対する負債等の諸事情を勘案しても、裳美会が、Mをかかる巨額の事業保険に加入させ、あるいは、著しく高額の保険料の支払を継続する必要性及び合理的理由を認めることができないにも拘わらず、裳美会は、受取人が裳美会グループ及びN分を含めて月額約六五〇万円もの保険料等を払いながら、Mにその返済を求めた形跡がなく、Iは、平成元年ころから開始した不動産投資のため資金繰りに窮していた上、裳美会は、本件保険事故発生後半年ほどで事実上倒産に至っていること等の事実を総合すると、Iは、本件一連の保険契約について、長期間にわたる保険料の支払の継続を予定していなかったものと認められる。また、Mの年齢、収入、地位、家族関係等諸般の事情を考慮しても、Nを受取人とする契約分の死亡保険金額も極めて高額であって、Mにかかる高額の保険料の支払能力があったと認めることはできない上、Mが右一連の保険契約に加入する必要性及び合理的理由を認めることもできない。
そして、I、M、N及びTは、Mが本件保険に加入する動機を仮装し、本件一連の契約締結に先立って、これに沿う証拠を作出した形跡があること、平成三年八月ころ、Mと同様に多額の保険に加入させられた筒井は、Iから自殺するよう教唆された旨述べていること、本件一連の保険契約のうち最後に締結した契約の契約日は、平成三年一〇月一日であり、Mは、普通保険約款所定のいわゆる自殺免責期間が経過した直後に自殺しているが、Mには、ほかに自殺するような特段の動機は認められないこと、N及び裳美会は、本件一連の保険契約に基づき、保険金請求訴訟を提起したものの、平成五年一二月にこれらの訴えをすべて取り下げていて、Nは、別紙二の保険契約のうち自らが保険金受取人となっている保険契約につき、その請求権を放棄していること、平成五年四月二六日、Iは死亡したが、その後、自殺教唆及び詐欺未遂の罪名で、IとNは書類送検されていること等の事実に照らせば、Iらが、現実に本件保険事故に関与したとまでにわかに認められないとしても、本件一連の保険契約の締結が、Mの自殺を誘発したことは優に認めることができる。
以上認定した事実を総合すれば、Iは、本件各契約締結に当たって、比較的短期間のうちに保険事故が発生することを想定し、かつ、本件一連の保険契約の締結により、人為的な保険事故を誘発せしめるような著しく誘惑的な環境が作出されることを認識しながら、何ら必要性、合理性のない契約を締結したことが認められるから、偶然性の要求に反し、不労利得を得る目的をもって、本件各契約を締結したものと推認することができる。そして、保険会社がかかる目的で締結された本件各契約の支払に応じることは、保険制度の悪用を許し、いたずらに保険事故によって利益を得ようという射倖心を助長することになるものであり、本件各契約は公序良俗に反し、無効であるといわなければならない。
五 原告の禁反言ないしクリーンハンドの原則違反の主張について
原告は、被告らが、本件各契約が生命保険としての相当性を超えたものであることを充分知悉しながら、本件各契約を締結したのであるから、それを理由として、原告の請求を拒むのは、禁反言ないしクリーンハンドの原則に反すると主張する。
しかしながら、前認定のとおり、本件各契約は公序良俗に反するものである以上、本件各契約は絶対的に無効というべきであり、仮に、本件各契約の締結について、被告らに何らかの過失があったとしても、原告との関係で本件各契約が効力を有する余地はないから、原告の右主張は理由がない。
六 原告の予備的主張について
前述のとおり、本件各契約は公序良俗に反し無効であるところ、本件各契約の保険契約者であるI及び被保険者であるMは、本件各契約にあたり、不労の利得を得る目的を有していたことが認められ、無効原因について、少なくとも重大な過失があったというべきであるから、商法六八三条一項、六四三条により、既払い保険料の返還を請求できない。
七 結論
以上の次第で、原告の本訴各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官坂本倫城 裁判官黒野功久 裁判官小野寺優子)
別紙<省略>